第2話 明るく楽しいわが事務所     作・小林隆雄
「ねえねえ、『みんな、入った?』って、森光子さんが言っていたでしょう!」
 補助者のターやんはこんな調子で、いつもワンテンポおくれている。そんなテレビCM、いったいいつの話なんだい?
 先日の会合で司法書士国民年金基金の説明があったのと、さっき生命保険会社の人がまわってきて、国民年金基金の仕組みをたっぷりと講釈してくれたタイミングの良さのおかげで、ひとしきり年金の話題と待遇改善問題に花が咲いてしまった。
 まして今朝は、「町職員給与の条例を一部改正する議案ほか4議案が審議されます」という防災放送のお知らせを聞いてしまったばかりだ。
 この話題、本当は避けておきたかったのになあ……。
 わが事務所には司法書士たる私、補助者のターやんと慈円君、妻のみさえの4人。みさえは経理中心の、一応は事務職員だ。
「ねえ先生(夫でも事務所ではそう呼べと言ってある)、ターやんと慈円君には、お給料だと思って、掛け金出してあげたら? あたしはもちろん給料アップ。現金のほうがいいけど」
「それはいいですねえ。大賛成!」「うんうん!」
 なんだか妙な団体交渉みたいだ。みさえは補助者の2人とは結構が仲が良くて、やたらと肩を持つ。
「しかし、みんな年金ネンキンって、まだまだ先の話じゃないのかい」
「そんなごとないです。老後のごとは若いうちからしっかと設計しとがないと」
「……(絶句)」慈円のやつ、どの口からそんな言葉が出てくるんだ、人生これ虚無、今の一瞬こそ実存だ、明日の保障より今日の現ナマなどと、昨日ほざいていたのはいったい誰だ。
「ぼくとターやんは29歳だがら掛げ金も安いし、上限までっつうと、40口ぐらい入れるわげでしょう? みさえさんは若干薹が立ってっから、25、6口でしょうね」
「失礼ね、あたしは現金主義。でも25口っていうと、年金はいくらもらえることになるの?」
「……月に27万だね。あ、今の給料より高ぐなっちまうね、アハハ」「あら素敵!」
 なにがアハハだ、なにがあら素敵だ、とんでもない連中だ。
 みさえが猛烈なスピードで計算機を叩いている。
「ねえ、税制上もこんなにメリットがあるのよ! 1ヵ月の掛け金の上限が6万8000円。みんなのお給料をその分アップしても、それぞれ社会保険料控除になるでしょ。4人×12ヵ月だから、326万4000円。4人分合わせたらこ〜んなに控除されるのよ!」
「さんびゃくまん……そんな資金、どこから出るんだ!」
「あーら、あなたの所得をしばらくの間ちょっと減らせばいいんじゃない。そしたら、あそこの事務所は太っ腹で、事務所の人たちをあんなに大事にしてるって、信用もぐーんとアップするし、そしたら事件の依頼だってドドーンと増えるし、私も雇ってください、私も勤めたいって若者もじゃんじゃん押し寄せて、わが事務所は大繁盛!」「大繁盛! ワハハハ」「アッハッハ」
 ……ここで腹を立てては本職がすたる! まあいつもの調子の皮算用、大風呂敷、夢物語、ファンタジーの世界だと思えばいいのだ。それでも私の額には冷たい汗が一筋 ……。わが事務所は、私が、私だけが我慢してさえいれば、いつだってこんな具合に明るく楽しいのである。

 (月報司法書士 1994年12月号掲載)
  ひとくちメモ
 このストーリーを執筆した9年前に比べ、たとえば、現在は司法書士国民年金基金の他、各司法書士会、各地の青司協、司法書士協同組合等の加入勧奨団体による「自家募集」となっていて、生保会社委託の募集は行っていない等いくつか変わってきた点がありますが、ご容赦ください。
 しかし国民年金基金制度の意義は現在も変わらず、むしろ、少子高齢社会の度合いが強まれば強まるほど、その機能が重視されているようです。世代間扶養に頼らない自助努力型・積立方式が、現在の厳しい環境に対処するための重要な方策であるからでしょう。
 司法書士年金は2003年3月末、ひとつの大きな目標としていた「5000名の加入員」を達成しました。でも振り返ってみると、これには予想以上の時間がかかったように思えます。
 今から10年ほど前には、司法書士の皆さんや自由職能と呼ばれる人たちの世界では、「生涯現役」という意識が相当強く、したがって老後の設計の重要度は相対的に低かったように見えました。しかし最近では、社会状況の変化に伴ってその意識も徐々に変化しているようです。
 老後を支える代表的なものは「年金」と「貯蓄」でしょう。積立方式の年金なら、貯蓄の変形のようなものにも思えるが、年金を終身受給できるという大きな特徴があるのですから、これまで関心を持たれてこなかった方も、一度は司法書士年金に相談してみることをお勧めします。

 因みに私事で恐縮ながら、筆者は(司法書士でないため)地域型国民年金基金の加入員で、相当の実感を持って執筆していることを蛇足ながら記しておきます。